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恩人の死を通して考えたこと(3)

緊急通報システムや他のサポートの情報とモルヒネの情報について、私はAさんにメールをした。これでとりあえず私の連絡できることは終わりかな? と思っていた。ただ、Aさんからの返信メールをみると、どうもそんな簡単なことではない様子だった。もともと7月2日の夜にAさんとSさんの娘さんに直接お会いすることになっていたが、それまで私が状況をつかめてなかったこともある。

はじめて3人がそろったその日、あらためて入院中のSの状況を聞くことになった。私はSさんの娘さんに今まで得た情報を伝えればいいかと思っていたのだが、いつも穏やかなAさんの様子がちょっとイラついている? 感じだった。Aさんは、Sさんが到底退院できる状況ではないということを、直前に病院にお見舞いに行って見てきていたからだ。薬のせいなのか、Aさんがお見舞いにいっているのは分かるっているようだが、ほとんど反応がない。到底退院して一人暮らしなどは無理な状況だという。

Sさんは、私がお見舞いに入ったあと、「もう危ない」と病院から言われるほど衰弱してしまったそうだ。その時点で一度娘さんも覚悟を決めた様子だった。ただ、その後、好転し食欲も出てきて、なんとか大丈夫かな? という状況になったという。気になったのは、Sさんが高い柵のついたベッドに寝かされたり、果ては身体拘束を行われていたということだった。

病院によると、Sさんがベッドから落ちてしまうので、まず柵を付け、それでも柵を乗り越えてしまうので身体拘束をしているという説明のようだった。末期のがんで筋力も落ちているのに、柵を乗り越えるというのは、どんなもんなんだろう? と感じたが、聞いたままのことを書いておく。これらの措置はSさんの娘さんも、病院側に不信感を抱かせるものだった。

Aさんの考えとしては、私が持ってきた緊急通報システムなどに乗ってしまえば、退院の方向に話が進んでしまう。いろいろ難しいことがあるのは承知の上で、なんとかSさんの入院治療を続けさせてあげたいという気持ちだった。それも上記のようないきさつから現在入院中の病院ではなくて、転院させたいという強い意向を持っている様子だった(続く)。