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恩人の死を通して考えたこと(6)

今回の経験で感じたことは、生死の関わることは、何に付け判断が難しいということ。最初は緊急通報システムや、その他の支援システムの情報、モルヒネ処方の話だけ伝えれば済むという安易な気持でいた。それはそれで私自身には有用な情報だったが、結果的にSさんにとっては無用なものとなってしまった。

そして、現実の患者さんと、そのおかれた環境について知ると、生半な知識だけでは何の役にも立たないという無力さを感じた。個人個人はなんとかしたくても、体制がそうなっていないと言ったらいいのだろうか? 医療関係者も精一杯やっているのは分かるつもりだが、その指示に受身で「はいはい」と従っていればいいとも思えない。かといって、こちらの意思を押し通そうとしても、現状のシステムがそれを許さない。

Sさんも頑固な人だったから、決して良い患者とは言えなかったことは想像できる。看護師さんなどに迷惑を掛けたのかもしれない。それでも本人はもちろん、ご家族やAさんなどの友人が、なんとかもっと良い医療を受けてもらいたいという気持も本当だと思う。もちろん病院としてもそうだったと思う。

医療関係者側と患者側(こういう対立構造を作る分類方法もどうかと思うが敢えて分けると…)のどこかに「おとしどころ」が必要なのだろうけれど、それがどこにあるのかさえ分からない。それを探す時間も十分とはいえないし、「これ!」という正解はないのだろう。

Sさんは、ラテン音楽が好きで、一度スペインに行ってみたいと言っていた。近所にスペイン料理の店ができたので一緒に行こうという約束をしていたのだが、それも果たせず仕舞いになってしまった。約束を破ってしまったことが悔やまれる。今は、心よりSさんのご冥福を祈ることしかできない。

話題が変わるが、余談として当初書いていた、妻の乳がん検査だが、待ちわびた生検の結果は、「問題なし」ということだった。妻によると「水みたいなものが写っていた」と医師に言われたようだ。結果を待つこと1週間。結果の出る日も病院でけっこう待たされたようだが、診察室にいたのは約3分。こちらの件はこちらの件で私が言いふらして? しまったために、御心配をお掛けした人がいる。ごめんなさい。ありがとうございました。

ただ、妻の方も最悪の事態を予想して、「人間どうなるか分からないから、今のうちに楽しめるものは楽しんでおこう」とちょっと無駄遣い? をしたらしい……。ともあれ、私の方が焦っていたのは間違いないようだ。