『モータリゼーションと自動車雑誌の研究』番外編(1)/オートテクニックを中心に

 日本のモータースポーツ専門誌のはじまりは、三栄書房の『モーターファン』の臨時増刊から派生した『オートスポーツ』ですが、創刊責任者となった星島浩さんは周囲から「やるならお前が責任者だという感じ(本人談)」だったそうで、あまり良い言い方ではありませんが、やらされたという感もあったようです。もちろん星島さんも部類のモータースポーツ好きということでは間違いありませんが……。

 本当にモータースポーツ専門誌をやりたい人が中心となって創刊されたのが山海堂の『オートテクニック』と言っていいでしょう。創刊編集長は尾崎桂治さんですが、企画したのは当時、山海堂に入社して間もなかった飯塚昭三さんと、後に『サイクルサウンズ』編集長などをした山本浩道さんです。

 飯塚さんが創刊の相談を尾崎さんにします。尾崎さんは『モーターファン』の編集部にいたことあり、飯塚さんは「この人しか相談できる人はいない」と思ったのでしょう。『オートテクニック』を発売していた山海堂には専門家向けの『内燃機関』などのカタイ内容の雑誌はありましたが、広く一般読者に向けた雑誌はなく、一般誌のノウハウを持っていたのは尾崎さんだけだったことが背景にあります。

 尾崎さんは「こんな会社でできるわけないと思った」と言っていましたが、へそ曲がり? なところがありますから、内心はやる気満々だったのではないかと私は想像しています。

 

 私も短期間でしたが山海堂にいた関係もあり、尾崎さん、飯塚さん、原田了さんと3人のオートテクニック編集長経験者と親しく? させていただきました。免許証を取る前からの読者でもあり、個人的にも思い入れの強い雑誌ですので、『モータリゼーションと自動車雑誌の研究』の番外編として何回かブログで取り上げてみたいと思います。

 

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