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『モータリゼーションと自動車雑誌の研究』番外編(3)/オートテクニックを中心に

モータリゼーションと自動車雑誌の研究・番外編

 『オーテク』の創刊号はいろいろ読みどころがあります。当然、雑誌の性格上、記事はモータースポーツ関連がほとんどなのですが、その中で異色ともいえるのが工学博士である平尾収氏の「自動車の現在と未来」です。

(平尾氏については「日本自動車殿堂のHPに詳しく掲載されています。http://www.jahfa.jp/jahfa1/palaceperson/hirao.html

 

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 「自動車の現在と未来」は(上)(下)に分けられ創刊号と創刊2号にわたり掲載されています。創刊号の(上)では冒頭に「欠陥車問題」(本文中には具体的には書いていませんが「ユーザーユニオン事件」だと思います)に触れ、その背景として、運転免許所持者が30代からの若年層であったこと、40代以上の自分では自動車を運転しない人々は各種の自動車公害に対する被害者意識が強いことがあるとし「かねてから自動車をわがもの顔に乗り回す若年層をニガニガしく思い、それに関連して自動車の生産増加に努力するメーカー、またはそれに歩調を合わせて強引に需要喚起につとめて、しゃにむに売りまくる自動車販売に対する怒りという型がつくられていたと考えられるのではなかろうか」と平尾氏は書いています。

 

 このように学者が自動車業界の問題点を俯瞰して語るような記事は、自動車誌では見られなくなってしまいました。自動車誌の立場から言えば「部数増に結びつかないから……」ということになるのでしょう。それはそれとして現実ですから悪いことだとは思いません。また、仮に掲載するにしても、こうしたスタンスで語れる人がいるか? というと、私には寡聞にして思い当たりません。

 

 この論考で、平尾氏は、「未来の自動車は、完全な家具としての姿でなければならないのである」としています。現在では自動車の「白物家電化」でつまらなくなったなどと言われますが、まだまだ改善する部分が多い60年代のクルマということを考えると、これは悲願でもあったのでしょう。もっとも平尾氏がいう「家具」は実用品として故障しないで使えればいいというレベルの話ではありません。

 

 平尾氏は、機械と家具の相違点として、「機械はその性能や能率あるいは経済性が重要なのに対して、家具はむしろ人間との関係、たとえば形、色、肌合い、風合い、ムード、趣味性、芸術性などが重視されるのである」と定義しています。

 この記事が書かれた時代、現代のホームセンターにある大量生産の家具はありません。まだ職人の手によるものという時代でしょう。ましてや、戦後の何にもない時代を経験してきた世代にとって家具というのは、使いやすさを前提としながらも、芸術性や趣味性を色濃く反映するものだったと想像できます。

 現代の「家電化」が没個性を表すキーワード(私は家電を必ずしもそうは捉えていませんが)であるのに対して家具化は個性を表すものとしてここでは使われているのです。

 

 そして平尾氏は、「理づめのギリギリの設計というのではなく、いろいろな意味における―物心両面における―余裕が案外、重要な評価につながるのである。このような点が家具としては最も重視されるのである」としています。

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