飯嶋洋治のブログ

自動車系の著者です。

『実録 自動車雑誌、悪戦苦闘の百年史』をKindle出版しました(4)

以前、当ブログでもダイジェスト版で連載したことがある『自動車雑誌、悪戦苦闘の100年史』(現在は削除しています)をKindle出版しました。もとになるのは2013年12月にグランプリ出版から発売した『モータリゼーションと自動車雑誌の研究』という本なのですが、それに若干の加筆訂正を加え、写真も基本カラーで掲載しています。

Amazon Kindleの規約で全体の10%までは無料公開できるらしいので、その範囲(事実上、第1章のみですが)で10回程度に分割して掲載いたします。自画自賛ですがわりと面白いと思いますので、ご一読いただければ幸いです。Kindle本の定価は4月中は特別価格で500円にしています。Unlimitedでも読めますので、どうぞよろしくお願いいたします。

yoiijima.hatenablog.com

以下序章より。(3)からの続き

日本の本格的なモータリゼーションの幕開けは1955年といえる。 その年、トヨタからトヨペット・クラウンが発売されるのだ。1・5リッターのR型と呼ばれるエン ジンを搭載。フレームはラダーフレームではあったが、コの字断面から箱断面にすることによって、フレームの上下方向の寸法を縮め、フロアの位置を下げることで重心を低くして安定した走行ができるものとなった。

フロントにはコイルスプリングを採用したダブルウイッシュボーンサスペンションを採用し、従来にない良い乗り心地を確保しながら、懸念された耐久性も十分なものとなった。続いて日産もダットサン110型を出す。エンジンは0・9リッターで25馬力。ラダーフレームにリジッドアクスルという古い機構を採用したが、ヨーロッパ調のデザインが好評を得た。これを契機として『モーターマガジン』や『月刊自家用車』などの一般自動車誌が発刊される。

 

1960年代になると、 自動車の主役は三輪トラックから四輪乗用車に切り替わった。1959年に発売されたスバル360がオーナードライバー増に重要な役割を果たしていた。また、自動車メーカーも4年に一回のモデルチェンジを行なうようになり、日産ブルーバード、トヨペット・コロナのBC戦争と呼ばれる販売合戦や、トヨタ・カローラ、日産サニーの大衆車のシェア争いなどを通じて、一般に四輪車が普及していく。高度経済成長時代に入り収入は増える一方、自動車は大量生産のために価格が下がっていくという循環も生まれていた。

1962年にカーマニアが作ったカーマニアのための雑誌ともいえる『カーグラフィック』 や、後に月二回刊とすることで速報性を特徴にしていく『ドライバー』が1964年に創刊されるにいたって、 自動車雑誌は身近なメディアとなっていった。これらは「自動車総合誌」として定着していく。自動車は当時の若者にとって憧れであり、ステータスシンボルであったといえる。以後、『CARトップ』(1968年)、『ホリデーオート』(1971年)が創刊されると、クルマの情報以外にも、若者向けのレジャーや芸能人、アイドル情報までも含めたエンターテイメント性が加わり、大衆化が進んだ。クルマが本格的に若者の心を捉えるに従い自動車雑誌も勢いを増し、時代や風俗を反映している。

 

 

本書は、第1章で「戦前の自動車雑誌」、第2章で「戦後から60年代まで。 総合誌の時代」、第3章で 「70年代。排出ガス規制、スーパーカーブーム」、第四章で「80年代。バブル前期からバブルへ」、第5章で「90年代、バブルの崩壊。『モーターファン』の休刊」、第6章で 「2000年以降。自動車雑誌の現在」として一般自動車雑誌の歴史を振り返った。また、自動車のイメージリーダーとなるとともに、国内の景気に大きく左右されたモータースポーツ専門誌は別に章を設け、第七章「モータースポーツ誌を中心に」として見ていくことにする。(以下、次回に続く)