北沢栄氏の新著『町工場からの宣戦布告』が発行された。近年、北沢氏はジャーナリストとして公益法人、独立行政法人などの行政問題についての著作を中心に発表していたが、久しぶりの小説となった。舞台は 東大阪市にある電気部品メーカー「ダイア産業」。ポイントとなるのは、グローバル化の波に飲み込まれる中小企業、銀行の本分をないがしろにした業務、そしてその対応戦略となる。
ダイア産業は、大手電機会社の下請け業務を柱に堅実な経営をしてきたが、主要取引先がコストカットのために製造拠点を中国に移転し、突然仕事が激減することがストーリーの発端となる。ダイア産業の大幅な業績の悪化は免れない。しかも、その苦境を聞きつけたメインバンクが貸し剥がしに走る……となれば、直に倒産の憂き目を見るのは避けられない。ダイア産業としても、倒産は時間の問題となるが、そこから主人公の湊京太の戦いが始まる。
出口の見えない不況の中、多くの企業が苦境に喘いでいる。さらに中小企業に至ってはその大多数が赤字経営とされている。大手銀行は、中小企業が危機だと見れば、それを支援するどころか、貸し剥がしに走り、弱みに漬け込んだ高リスクのデリバティブの勧誘など行うことも茶飯事であると著者は問題提起している。銀行にとって弱者たる中小企業の息の根を止めることは、赤子の手をひねるも同然だ。近年、自殺者は減少に転じたという統計は出ているが、中小企業経営者、自営業者の自殺があとを絶たない状況は続いており、痛ましい状況は続いている。
その点、主人公の湊は恵まれているといえる。自身の能力の高さ、周囲の有能なブレーンに支えられて苦境に対処していくことができる状況にあるからだ。「実話小説」と銘打っているからには、モデルとなる企業が存在しているのだろう。そう考えれば痛快でもある。
この小説には考えさせられることが多い。単なる大企業、大資本悪玉、中小企業善玉論に留まっていないからだろう。中小企業が弱い立場というのは認めるが、だからと言って善玉というわけにもいかない。現実には、中小企業の経営者であっても、自分の保身を第一に考える場合も少なくなく、社長という肩書きに執着し、社員を消耗品と考えている場合も多い。
半面、この小説では、良心的な官僚、銀行も登場し、悪徳と描かれている銀行員にも、家族があり、家庭では献身的な夫として病を得た妻を介護しつつ必死に生活している側面を描き出している。これによりストーリーに深みが出ている。小が大に勝つ戦略の面白みだけでなく、大には大なりの事情があると示しているのだ。さらに湊の家族を中心としたサブストーリーも興味深く読める。
小説としてはもちろん、実用書としても示唆に富むものとなっている。昨今の薄っぺらなビジネス書を読むよりも、はるかに本書から得るものが多いだろう。
・北沢栄氏のウェブサイト「NAGURICOM] http://the-naguri.com/